再び、Moneyのステレオ録音について その4(最終回)

    Beatlesの録音に使われた2トラックのテープレコーダーは、BTR3 stereo tape recorderを改造したもので、twin-trackと呼ばれていた。

    recorBeat.jpg
    *[Recording the Beatles]よりBTR-3


    改造部分は録音ヘッドで、左右の録音ヘッドの間に隙間を設け、それによって左右チャンネルの音の干渉を防ぐようにしたものだった。Stereoと言うよりも、2つのmonoトラックを持ったtape recorderと言う位置づけになる。

    この改造による弊害は、わざわざトラック当たりの幅を狭めることで、録音品質(つまり音質)を低下させることになった。記録面積が広ければ広いほど音質は良くなる。

    それと、その後のマルチトラックのtape recorderと違って、消去ヘッドは両チャンネル同時にしか働かなかった。言ってみれば家庭用のカセットデッキと同じ(…って、今はほとんど存在していないが)。左チャンネルの演奏を残して右チャンネルの歌だけを差し替えるなんてできなかった。だから、tape to tapeでのダビングを行うしかなかった。

    そのようなtwin-track利用の最大の目的は、mono mixingでの歌と演奏の音量バランス調整にある。
    Classicの録音と違い、popsでは弱音部もある程度の音量を稼ぐようなmixingを行うため、歌の入っている部分と無い部分との音量差を、レベルメーターを見ながらフェーダーでバランスを取っていた。

    しかしtwin-track 録音でも、stereo盤として発表されるstereo mixに関しては、そのような音量バランスを取りようがない(あるいは、取らない)と言う考えで、EQやcomp、reverbなどを付加しても、元テープの左右の音量バランス調整は基本的には行っていない。

    配線に関しても同じ前提だったと考えられる。
    tape recorderからmixing consoleのREDD.51(あるいはREDD.37)への音声入力は、stereo inに入力されるのが標準。そして、stereo inのチャンネルには、今で言うパンポット機能はついていなかった(但し、これについては後ほど補足する)。

    これによって、stereo mixに関しては録音テープそのままのバランスが保持される。
    おかげで、stereo mixing作業はmonoの場合と比べ圧倒的に短時間で終わっている。つまり、ほとんど流れ作業的に行われた。それ以上に凝る必要も、凝る考えもなかったと言うのが当時の習わしのようだ。

    そのため、『Please please me』や『With the Beatles』はtwin-track 録音の音像がそのまま左右チャンネルに振り分けられることになる。
    *但し、当時使用したreverbが中央に定位することにより、reverbをかけた曲は幾分か中央寄りになる。

    そのような状況にあって、「Money」のstereo mixについては、やはり独自だと言わざるを得ない。

    しかし、実はREDD.51には現在のミキサーには無い面白い機能があった。
    そして、それはGerry and the pacemakersの1stアルバム『How do you like it』(63年10月発売)用のmixingで多用される。

    その一つは、Spreaderと言う機能だ。これは僕自身今一つ理解できていないのだが、stereo inに入力された信号の左右どちらかを逆チャンネルに付加する機能のようだ。
    *Spereader機能はNorman Smithが好んで使っていたらしき記述もあったはずだったのだが、再読すると見つけられず

    そしてもう一つが、stereo パンポットなのだが、これは現在の同名の機能とは若干違った機能を持ち、360度stereo イメージを動かせるとのこと。180度回すと信号が反転するらしい。ただ、この機能は通常使われないと考えられたのか、フェーダーのそばになく、メーターの左右両側についている。

    rectheB (1)
    *[Recording the Beatles]より各つまみの機能説明

    恐らくSpreaderだけを使っているのではないか?と思うのだが、『How do you like it』のstereo mixのいくつかの曲で、イントロや間奏が急にmono mixあるいはmono mixっぽくなる。

    間奏やイントロがmonoっぽくなるのは、左の演奏チャンネルの音が両方から聞こえ中央に定位するからなのだが、右側でGerryが弾いていたアコギがそのまま右に残っていることもあるので、これは別チャンネルの音を逆チャンネルにも加えたことを意味している。

    つまり、「Money」の録音で最終的に使用されたと思われるのは、この機能だ。
    歌が入っている右チャンネルの音を中央に定位させることで、新たに右チャンネルにpianoを追加で録音することにしたわけだ。

    但し、そう簡単にこの機能を使って、歌を中央に定位させようとは考えなかったと思われる。
    なぜなら、前述の『How do you like it』では、歌がなくなるとmono mixのように演奏が中央に定位するが、歌が始まると演奏と歌は左右に分かれるからだ。
    1曲として歌を中央に定位させていない。あくまで、間奏部分が片方のチャンネルだけになると、音が弱く聞こえてしまうことを補正するために使われている。

    rectheB4.jpg
    *[Recording the Beatles]よりREDD.51のパネル

    10/30の作業だが、最もらしい説明というのは、これかなと思えた推論が次のとおり。

    まず、イントロの入れ直し(弾き直し)から作業を開始。この時点では、左右の音の定位はtwin-track 録音のままで片方が演奏、片方が歌+α。
    そして、演奏側(左側)にpianoを入れるのでは、狙ったサウンドにならないと判断。
    * もしかすると、これは29日時点で判断していたかも。

    次に、歌が入ったトラック(右側)にpianoを追加。けれども、これもそれほど良いと思えなかった。

    そこで、例のSpreaderを使って、思い切ってテスト的に歌を中央に定位させたミキシングを行った。そして出来上がったmixを聴いて初めて、歌のトラックを中央にし追加のピアノを右に入れようと決断した。

    当然、歌の音量バランスは録音後に調整することができないので、音量レベル調整の確認を何度も行ったと思われる。これはダビングされたpianoに関しても同様だろう。
    そして、レベル調整まで済んだ時点でかなり時間がおしていたので、最終的なダビングのセッション時間はあまり残されていなかった。

    最終的に使われたpianoは、構成を間違えてしまってエラーしてしまっているが、弾き直す時間がなく、そのまま採用された。幸い、stereoで聴くとそれほど目立たない。

    そして、Recording sheetに記載するセッション内容については、いちいち書いていられなくて、stereo mixingとしか書かなかったのではないか?おかげで当日の作業の詳細な内容は残らなかった。

    このように考えるのが一番筋が通るかなと思えた。


    実は今回、『How do you like it』のstereo mixをヘッドホンで聴き返すまで、僕はてっきり間奏のmono部分はテープ編集による切り貼りだと長年思い込んでいた。
    ところが、完全なmonoでなく、片方のチャンネルに残っている音があったことから、ようやく「Recording the Beatles」に書かれていたSpreader機能を使ったのだな、と思った次第。

    また、Spreader機能を使えるのなら、『How do you like it』では、どうして歌を中央に定位させないのか?と言うことも不思議だったのだが、それも、当時の習わしとして、twin–trackテープをそのまま何の疑いもなしにstereo mixとして使用することがあたりまえだったからだとわかった。
    これは「Recording the Beatles」に書かれていた話。

    なお、mixing consoleのREDD.51の仕様や当時のStereo tape recorderからREDD.51への配線は全て「Recording the Beatles」を参考にした。配線図はなく、あくまで文章だ。
    英文で書かれているので、勘違いして理解している部分があるかもしれない。

    4回に分けて長々と記したが、まぁ、あくまで一つの推論・仮説と言うことで。

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    自分の感覚としては(昔の?)ラジオDJのネット版のようなもののつもり。僕は1970年代のオーディオ全盛期の最後に属する世代で、ペアマイク持参で生録に挑戦した世代。国内盤LPが高価だったので輸入盤を買っていた、そういう中高生時代を過ごした。

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