Beatles作品のオリジナルステレオ盤(stereo mix)は軽視されて当然か?

    『Sgt.Pepper’s…』のremix stereoから、ふと頭に浮かんだこのテーマ、ちょっと面白いかもしれない。

    そもそも、Beatlesのアルバムの(オリジナル)ステレオミックスが良い評価を受けられなくなった(そこまではひどくはない?)発端は、当時、Beatlesのメンバーはモノラルミックスには立ち会ったが、ステレオミックスには立ち会わなかった、という話からだった。



    Beatlesが、曲の出来上がりをスタジオで聴いて良しとしたのはモノラルミックスのみで、ステレオミックスは残されたスタッフがあまり時間をかけずにささっと済ませた、という話がビートルズマニア必携のレコーディングセッションやジェフ・エメリックの著書で紹介されてからだ。
    (記憶が定かではないが、ホワイトアルバムからはステレオミキシングにも立会いだったような・・・。)

    1970年代以降と違って、1960年代の中頃までは(一部、例外アーティストがいたと聞いたことがあるが)、録音を終えたらアーティストの役目は終わりで、後はエンジニアがミックスダウンしておしまい。そういう役割だったし、それが普通だった。これは押えておくべき重要なポイントだ。

    だからBeatlesに関しても、ミキシングに立ち会えるようになったのは、レコーディングセッションによると1964年の秋以降からのように思える。

    Beatlesのモノラルミックスを見直す動きが出始めたのは1980年以降で、70年代の10年間を通じてはステレオミックスを基準にして、作品評価がなされていたと言って間違いないだろう。

    80年代になって、モノラルLPの再発があった(しかも日本では2回もあった)。ただし、その時点でもマニアックなファン以外はモノラル盤に重きを置くことはなかったような印象がある。

    あるいは、中古盤屋でモノラル盤が高額で取引されることが当たり前になった90年代以降にようやくモノラルミックスが(少なくとも)ステレオミックスと同等に重きを置かれるようになったかなと言う印象だ。
    また、この時期には人(評論家)によってはモノラルミックスを擁護するようになった気もする。初めのほうで述べた話を引き合いに出して。

    現在は、それからさらに20~25年ほど経過しただろうか。
    ふと思ったのだけれど、ジェフ・エメリックがモノラルミックスに重きを置くようなことを述べたのは、多少はステレオミックス軽視の姿勢もあるのかもしれないが、60年代の英国そのものが基本はモノラルだったわけだし、それを聴かずにステレオミックスだけでBeatlesを評価するのはいかがなものか?という気持ちが主ではなかろうか。まず聴くべきはモノラルだよ、って具合に。

    その最も強力な理由として、メンバーがミキシングに立ち会ったのはモノラルミックスのみだったという話。さらに、ステレオミキシング作業はモノラルほどに時間をかけずに行われたという点を挙げた……そうではないのかな?と思えた。


    ここからは、「だからと言って、ステレオミックスを軽視するのはどうかな?」と言う視点。

    振り返ると、たいていのステレオミックスは、モノラルミックスの後に行われている。つまり、モノラルで音のバランス決めがすでに為されているところから始まるため、ステレオミックスは(モノラルよりも)短時間での作業で対応できるのは当たり前のように思える。音決めに一番時間がかかるわけだから。
    まぁ、ステレオ盤は主流商品でないこともあって、ステレオミックスにはあまり時間をかけるなという指示がスタッフに対してあったのかもしれないが。

    そして、これはあくまで僕の推測だが、メンバーの自宅にもステレオ再生できるオーディオシステムはなかったのではなかろうか?少なくとも67年までは。それゆえに、ステレオミックスに興味がなかったのでは?そのあたり、誰かに検証してもらいたいところ。

    また、もしステレオ再生できたとしても、彼らが普段モノラルLPしか聴いていなかったならば、ステレオミキシングに立ち会わなかったとしてもおかしくはない。その場合には、レコーディング業界でずっと続いてきたように、自分たちに判断できないものはプロとしてのエンジニアに任せれば良い話であり、それゆえステレオミキシングがメンバーのいないところで行われていたことは、特にステレオ軽視という発想だったのでなく、ごく当たり前の話としてプロのスタッフの〝仕事〟として行われていたというのが正しい理解なのではなかろうか?

    と、ここまで記した時点で、念のためにレコーディングセッションを再度読むと、曲単位でのステレオミキシングには立会いを行っていたようだ。特に、1967/2/22の「A day in the life」のモノ、ステレオのリミックスに熱心に立会いしていたとある(英語版)。

    そうであるなら、Beatles作品のステレオ盤(stereo mix)を軽視するのは、筋違いな話のように思えるが、どうだろう?。確かに、モノラルこそがメイン商品だったことは間違いないにせよ。
    (ただし、『Rubber soul』のステレオミックスは、本当に時間がなかったので雑に行われたように思えるが。)

    ちょっと面白い話のように思えたので、記すことにした。
    僕の記憶違いもあるかもしれないので、情報があれば教えて欲しい。



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    テーマ : 洋楽ロック
    ジャンル : 音楽

    tag : Beatles ビートルズ モノラル ステレオ mono stereo mix

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    No title

    JDさんこんばんは。

    僕が聴いたビートルズは基本全てステレオでした。LPの初期4枚もステレオでしたし、一部モノしか存在しないものを除いてはステレオが主流でした。

    なので、Rubber Soul, Revolver, Sgt., White Albumなどにモノが存在するなんて知ったのも本当に時系列からいうとごくごく最近でした。

    ただ、簡単に入手出来る状況になかったですし(高価だし)、ただただ聴いてみたいなぁと思っているだけでした。そういう意味では崇拝というよりは、レア度マックスという感じですかね。

    そして本当に全部聴くことができたのはモノ・ボックスが発売になってからです。だから、どちらかというとまだ珍しさ先行で聴いている状態です。

    「アーティストが認めたのはモノなのだ」というのはこのモノ・ボックスが発売になる時の売り文句に使われていた印象です。ディランにしろ、他のミュージシャンにしろ。

    だから僕はジェフ・エメリックの見解は事実の一部だとは思うのですが、マーケティングがうまーくこう言ったセリフを切り取って宣伝した結果、現状のような認識になっている気もします。

    余談ですが、ディラン・モノ・ボックスも発売の時に「モノラルこそがディランが意図したサウンドだ」的なことを謳っていたように思うのですが、ディランはミキシングなど(興味がないので)立ち会っていなかったと睨んでいます(笑)。

    No title

    ボーカルの音量バランスについては、当時はボーカルだけを大きくできなかった理由も考慮に入れる必要があるかもしれません。

    なぜなら、当時の4chという限られたテープレコーダーの環境において、ボーカルだけ単独のチャンネル(トラック)を割り当てることは難しく、大抵は何らかの楽器と一緒にひとつのチャンネルに録音されることが多かった(ピンポンのテープリダクションでそうなったケースも多い)。さらにチャンネル分けされた他の楽器と同時録音された場合、ボーカルマイクへそれらの楽器のかぶりも相当あったはず(60年代はオーバーダビングがあったにせよ、歌と楽器の同時録音も普通に行われていた)。

    となると、最終的なトラックダウンの時点でおのずと限界があって、従来のバランス(ボーカルだけを大きくできない)にせざるを得なかった理由もあったように思います。今はデジタル技術の恩恵と、そしてセッションテープまで遡ってリミックスするため、ボーカルの音量バランスは自在にできるようになったと思われます。

    Re: No title

    Columbiaさん、こんばんは。

    > 僕が聴いたビートルズは基本全てステレオでした。LPの初期4枚もステレオでしたし、一部モノしか存在しないものを除いてはステレオが主流でした。

    CD化されて4枚目までがモノに統一されるまでのLP時代は、80年代の再発モノを持っていないと聴けなかったですね。
    CD化以降は、90年代になって英国オリジナル盤に人気が集まり、僕もその時にオリジナルMonoを全て手に入れました。

    > そして本当に全部聴くことができたのはモノ・ボックスが発売になってからです。だから、どちらかというとまだ珍しさ先行で聴いている状態です。

    なるほど、モノボックス発売は09年でしたよね。
    5枚目以降のモノは、そこからが本当の意味での市民権の得たのかもしれません。

    > だから僕はジェフ・エメリックの見解は事実の一部だとは思うのですが、マーケティングがうまーくこう言ったセリフを切り取って宣伝した結果、現状のような認識になっている気もします。

    確かに、うまく宣伝に利用されていたわけですね(苦笑)。
    今思えば、80年代の国内プレスのモノLPシリーズは、帯のキャッチがいまひとつ下手くそなコピーでした。

    > 余談ですが、ディラン・モノ・ボックスも発売の時に「モノラルこそがディランが意図したサウンドだ」的なことを謳っていたように思うのですが、ディランはミキシングなど(興味がないので)立ち会っていなかったと睨んでいます(笑)。

    実際はどうなんでしょうね?でも、60年代ならそうだった可能性が高い気もしますね(笑)。

    Re: No title

    路傍の石さん、こんばんは。
    仰るとおり、録音・編集の技術は、現在とは比べられないほどに大きな差があることは事実ですね。

    ただ、僕自身が昔からずっと思っているのは、Beatlesのmono mixにおけるボーカルの音量バランスは、彼らやスタッフが意図していた音を絶妙に再現できていたのだろうということでした。

    ロックンロールやR&Bのカバーから出発した彼らは、最初から最後まで一度たりともポピュラー歌手のような、ボーカリスト+バックのようなサウンドを望まなかったと思います。それは僕自身が彼らの発言からずっとそう思っているだけですが。

    そうなると最も大切なのは、(あくまで個人的な意見かもしれませんが)第一はサウンドを聞かせることであって、歌を聞かせることではない、と僕は思っています。特にSGTを含む前後のアルバムは、何よりも斬新なサウンドこそが最大の魅力で、それに適切な音量配分をモノミックスで行っていたと。大本のトラック、それぞれは単体でのバランスは決まっているので調整できる範囲は限られますが。

    また、特にSGTのモノミックスは「フラットにカッティングすること」と記したくらい、あの音量配分こそベストとしていたことに僕も同意見だったので。

    なので、それを分解してステレオでリミックスしたにせよ、全体のサウンドに対するボーカルの音量が大きくては、どれほど演奏そのものをラウドにしてもボーカルが目立ってしまって、彼らの意図とは違うように思えるのです。
    そのあたりのさじ加減が、リミックスチームの感覚と僕とでは違うんですよね。

    まぁ、これについては明らかに主観的な感覚論なのですが(笑)。

    No title

    いつもありがとうございます。
    SGT50週年についてはいろんな方がいろんな事をおっしゃるでしょうから静観しておったのですが、さすが興味深い部分に切り込んでいくのは素晴らしいです。

    概ねJDさんの見解と僕は近いのですが、特に膝を打ったのは「演奏とヴォーカルのバランス」についてです。これはもうまさしく!JDさんのお仰る通りで、レノンものやYSソングトラックで感じたのですが「なんで!歌がでかいのか!」と憤ってまして。
    例えば Bad Boy のモノミックスを欲しかったのも、ステレオ版が歌が大きかったからですし。
    私のサイトのビートルズコーナーにも書いてありますが、ビートルズのモノミックスは本当にバランスが絶妙だと思います。これこそプロの仕事!と自分も書きました。

    もうひとつ。聴感上の問題だけではなく、これはぜひとも強調したいのですが、音楽的に言っても、ヴォーカルが取る「主旋律」とバック演奏の和音構成が正しいバランスでないと「正しい和声進行」に聴こえないのですね。JDさんはクラシックも聴かれるのでよくお解りと思いますが、ある特定の楽器だけ飛び出てしまっては、それは作曲家が考えた正しい和音構成とは言えないのですね。
    ロックバンドと言えども、Bassとギターとメロディラインがしっかり良いバランスで組み合わさって、そこで初めて作曲家の意図した作品になるのですから、当時のバランスを変えてしまうことは、僕個人的には「曲の和音構成すら変えてしまうことに近い」と思っています。

    なかなかこの僕の意見は理解されないことが多いのですが、同意見を伺うことが出来て嬉しかったですw

    Re: No title

    karakawa-pさん、おはようございます。

    > 概ねJDさんの見解と僕は近いのですが、特に膝を打ったのは「演奏とヴォーカルのバランス」についてです。これはもうまさしく!JDさんのお仰る通りで、レノンものやYSソングトラックで感じたのですが「なんで!歌がでかいのか!」と憤ってまして。
    > 私のサイトのビートルズコーナーにも書いてありますが、ビートルズのモノミックスは本当にバランスが絶妙だと思います。これこそプロの仕事!と自分も書きました。

    僕も以前こっそり?karakawa-pさんのサイトを見せてもらいましたが、モノラルミックスを高く評価されてましたね。今回、こういうコメントをもらって、とても納得が行きました。

    昨日、ようやくstereo remix LPを再び聴いたところ、声の音量が大きめになっていない曲も中にはありましたね。正直、バランス決めの基準がよくわかりませんでした。

    また、深夜にDVD収録のAudio-track(Remix stereo)を小音量で聴くと、声の音量バランスはLPほどに目立たない気がして、それが再生音量に因るのか?それとも、デジタルメディアはLPと違って軽くリミッターをかけてあると言う話なので、そのせいかな?とも思えました。いずれにせよ、LP再生時と同音量で判断しないとだめですね。

    > ロックバンドと言えども、Bassとギターとメロディラインがしっかり良いバランスで組み合わさって、そこで初めて作曲家の意図した作品になるのですから、当時のバランスを変えてしまうことは、僕個人的には「曲の和音構成すら変えてしまうことに近い」と思っています。

    なるほど、指揮者によって解釈が異なり曲の印象が変わってしまうことを、ロックではremixで行ってしまっているわけですね。そう言われると納得ですね。

    > なかなかこの僕の意見は理解されないことが多いのですが、同意見を伺うことが出来て嬉しかったですw

    いいえ、僕はそこまで深いところを見ていたわけでないです(笑)。
    ロックを聴き始めたかなり昔からボーカルの音量バランスでバンドサウンドになるかボーカリスト+バックになってしまうか、ずっと気になっていました。高校の時にはステレオラジカセ2台使ってバンド仲間とBeatlesのコピーを録音+追加ダビングしていたので、歌の音量比率を間違えるとロックがフォークになる、みたいな(苦笑)。


    No title

    こんにちは。
    コチラの話題になったとき、是非とも話したいと思っていた事がありまして、随分遅くなりましたがコメントさせていただきます。

    実はモノのほうが歌と演奏のバランスが云々、という話なのですが、私ボブディランに関しては、大いに期待してモノを聴いたものの、まったく想像と違っておりまして、心の底から落胆した、ということがございました。言うまでもなく、歌と演奏のバランスに関して、まったく想像と違ったからであります。ストーンズやビートルズの事から想像しますと、当然のことながらディランのアルバムも「ステレオとは違い」モノのほうがヘヴィでタイトだと「勝手に」思い込んでいたのです。でも実際はまったく違って、相変わらず歌が大きい、ショボい(個人の好みです)ミックスでしたので「えええええ?」と思って、本当にガクッと体が崩れました。
    例えば当時の米版、というかCBSなんでしょうかね、総じて薄いですよね。同時期とかのMillenniumとかもそうでしたし、周りの人々は褒めてましたけど、私個人としては「この薄っぺらいミックスは何なのか?!」と思っていました。S&Gとかもそうでしょうか。これらのアルバムについては、ミックスがもう少し演奏重視であれば、今の評価は全然違ったように思います。特にディランは、ライブではヘヴィーにやっていましたよね。
    僕が聞く音楽のジャンルとしてブリティッシュものに偏っていたのも、ひとえにこのミックスのバランスの違いが大きかったのですね。70年台にはこれらも解消されていきますね。何か国民性があったのかなあと思ったりしています。

    Re: No title

    karakawa-pさん、こんばんは。

    > 実はモノのほうが歌と演奏のバランスが云々、という話なのですが、私ボブディランに関しては、大いに期待してモノを聴いたものの、まったく想像と違っておりまして、心の底から落胆した、ということがございました。言うまでもなく、歌と演奏のバランスに関して、まったく想像と違ったからであります。ストーンズやビートルズの事から想像しますと、当然のことながらディランのアルバムも「ステレオとは違い」モノのほうがヘヴィでタイトだと「勝手に」思い込んでいたのです。でも実際はまったく違って、相変わらず歌が大きい、ショボい(個人の好みです)ミックスでしたので「えええええ?」と思って、本当にガクッと体が崩れました。

    Bob Dylanのmono mixについては、僕自身はstereo mixとの比較で、全体のサウンドにおける声の音量バランスは変わらないか、少し大きめなのかなという印象でした。対象のアルバムは、『Bringing it all…』『High way 61』『Blonde on blonde』の3枚だけですが。
    それ以前のアルバムは基本弾き語りだし、1st(90年代までのLPとCD)と2ndまではステレオとモノとで違いがあるものの、3枚目4枚目はどちらもモノラルっぽくほとんど同じバランスかなと。

    >ディランのアルバムも「ステレオとは違い」モノのほうがヘヴィでタイトだと

    これはあくまで僕個人の考えですが、たぶんColumbiaとしては、Bob Dylanのサウンドを英国ロックっぽい音にしたいという考えは全くなかっただろうし、初期の作品同様に彼の歌をメインに聴きたい人のことを考えてのミキシングだったのでは?と思っています。

    今日コメントを受けて、久しぶりに前述の3作品を米国オリジナルモノラル盤で聴くと『High way 61』は声がやや大きめですが、他の2枚はステレオミックスとそれほど変わりないか、やや小さいのかなと思えました。どれも思った以上に低音域も含まれていて、バランスは悪くないと思えました。
    また、英国mono盤の『Blonde on blonde』を聴くと、マスタリングが英国風になり、歌を聞かせるのでなくサウンド全体を聞かせるようなマスタリングに思えました。声の音量は米国mono以上に小さく思えます。

    > 例えば当時の米版、というかCBSなんでしょうかね、総じて薄いですよね。同時期とかのMillenniumとかもそうでしたし、周りの人々は褒めてましたけど、私個人としては「この薄っぺらいミックスは何なのか?!」と思っていました。S&Gとかもそうでしょうか。これらのアルバムについては、ミックスがもう少し演奏重視であれば、今の評価は全然違ったように思います。特にディランは、ライブではヘヴィーにやっていましたよね。

    まぁ、そのあたりは、Columbiaの音なのだと思います。僕の印象では、薄いというよりもあえて分厚くしていない、自然な音を生かした録音というものです。

    思い出しましたが、僕も昔、Byrdsのモノラル盤に同様の期待をしていました(苦笑)。
    かなり高かったにもかかわらず思い切って購入した1stのモノラル盤には肩透かしをくらいました。仰る通り、全然ヘビーではなかったです。ステレオ盤で十分だと思いました。

    > 僕が聞く音楽のジャンルとしてブリティッシュものに偏っていたのも、ひとえにこのミックスのバランスの違いが大きかったのですね。70年台にはこれらも解消されていきますね。何か国民性があったのかなあと思ったりしています。

    英米でのサウンドの違いに関しては、それぞれの国での音傾向もあればレコード会社ごとの違いもあると思います。
    70年代以降は、確かに世界的にサウンドが似ていくと言うか、録音に個性が薄れていくというか…。
    レーベルごとの音の個性はあるけれど、60年代ほどではなくなりますね。

    そして現在は、なんでもありになりましたね。なんでも好きなように加工できる時代なので。



    プロフィール

    JD

    Author:JD
    自分の感覚としては(昔の?)ラジオDJのネット版のようなもののつもり。僕は1970年代のオーディオ全盛期の最後に属する世代で、ペアマイク持参で生録に挑戦した世代。国内盤LPが高価だったので輸入盤を買っていた、そういう中高生時代を過ごした。

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