MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演 1966をちょっと読んで

    今年はBeatles来日50周年ということで、記念本(あるいは関連本)がいくつか発売された。

    「MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演 1966」は、博多駅隣の商業ビル「KITTE博多」内HMV&Booksで平積みで売られていたので、2週間ほど前に購入した。その時点では、Amazon以外ならネットでも買えた気がする。
    BeatlesML66.jpg

    それ以外に、高価だったが「来日学」も買った。僕が買ったのはその2冊だけ。


    僕はいつの間にやら、購入した書籍(だいたいオーディオか音楽関係)を隅から隅まで読むことはなくなった。気が向いたときにパッと開いては、目に入った部分だけ読む、みたいな読み方になってしまった。この本も同じだ。

    きっとBeatlesに夢中だった中高生の頃ならば、本当に隅から隅まで読んていたに違いなし、何度も読み返しているに違いない。

    まぁ、そんなことはさておき、これ(や「来日学」)を読むと、やはり1978年に一度限りの放送という条件でTV放送されたBeatlesの日本公演の全曲放送の衝撃は、いろんな意味で大きかったことが伺える。

    今の目から見ると、放送当時の方が日本公演の映像は幻だった。
    今ではブートDVDで6/30も7/1も観ることができる。けれども、あの頃、フィルムフェスティバルを除けば映像を観ることなどできなかった。それに、何よりもTVで放送されたのだから画期的だった。

    当時、家庭用のビデオレコーダーはまだまだ高額品だった。クラスに一人だけ家にレコーダーがあったが、たぶん学年全体でも彼の家だけぐらいだったのでは?と思える。
    なので録画も録音もできず、テレビにかじりついて観るしかなかった。

    それがまさか、来日当時には放送されずお蔵入りになった6/30の演奏であることなど知る由もなかった。なので、演奏の不出来と言うかやる気の無さと言うか、あまりよろしくなく、「なんか乗ってないなぁ」という印象。その後フィルムフェスティバルで7/1公演を観てあまりの違いに驚かされるわけだが。

    当時学校ではハードロックを好む連中からBeatlesはヘタクソだと言われ続けていた。
    ギターが速弾きしないという点こそが彼らにとっては下手だった(笑)。
    さらに、何よりも彼らにはBeatlesはロックではなかったのだ。Beatlesはポップス、Deep Purple、Kiss、Van Halenこそがロックだった。

    なので、「MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演 1966」で書かれているように、6/30の演奏が世に出たせいでBeatlesの演奏は下手という考えが広まった・・・・・・わけではなかった。少なくとも僕の育った環境では、それ以前から(中高生のロックファンの間では)そう言われていた。
    かと言って、Rolling stonesは下手ともうまいとも言われず、Whoは存在自体知られていない、そういう時代だった。
    この本を読んで、そんな他愛もない事がふと頭に浮かんだ(苦笑)。

    僕のBeatlesに関する最初の記憶は、ラジオから流れた「Hey jude」なので68年以降(万博よりも前の記憶なので68年か69年)なのだから、来日の頃は何も記憶に無い。

    でも78年のTV放送も1回限りだったから、フルで覚えているとは言いがたい。


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    ジャンル : 音楽

    tag : Beatles ビートルズ 来日50周年 ミュージックライフ music life

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    ザ・ビートルズ日本公演

    ‡S53/10/12 19:30-「ビートルズ日本公演」1966/6/30 NTV 広川さんのナレーション版
     http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Vocal/6398/tvdata.htm
    ●1978(昭和53)年10月12日(木) 午後7時30~8時54分に日本テレビ系21局で『木曜スペシャル』枠内で「今世紀、最初で最後、たった一度の“再放送”」と銘打たれ、ビートルズのヒストリーなど
     1965(昭和40)年 8月15日(日)に行われたシェアスタジアム公演の模様とともに放送された[注 8]。またこの放送では前座の模様も初めて放送された。だが、1966年の当時放送されたのは
    初日の1966(昭和41)年6月30日(木)ではなく、
    翌日の1966(昭和41)年7月 1日(金)の模様を放送したため正式には再放送とはならない。
    ちなみに1966(昭和41)年7月 1日(金)の公演の模様のマスターテープはマネージャーのブライアン・エプスタインが持ち帰ってしまったため、
    日本には1966(昭和41)年6月30日(木)のテープが残された。皮肉にも78年の放送が本当の再放送では無いので
    1966(昭和41)年6月30日のテープが初めて日の目をみた事になる。しかし、武道館内張られていた企業看板(ライオン。因みに『木スぺ』には同業者の花王石鹸がスポンサーの一つだった)は放送に写らないようにとの契約だったため、ライブ中画面が引きで撮影された際に企業看板が写ってしまっていたため、78年の放送では写らないようにトリミング処理をされて放送された。
    [注 8] なお、その前週の1978(昭和53)年10月5日(木)放送の回顧特番『力道山からピンク・レディーまで テレビ25年総集編』でも当番組が放送、2週連続してビートルズ関連特番が放送された事となった
     https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%AC%E6%BC%94_(%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E7%95%AA%E7%B5%84)

    Re: ザ・ビートルズ日本公演

    J.BOΦWY さん、こんばんは。
    はじめまして、ですね。

    僕が書いた内容を補足する情報をどうもありがとうございました。

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    JD

    Author:JD
    自分の感覚としては(昔の?)ラジオDJのネット版のようなもののつもり。僕は1970年代のオーディオ全盛期の最後に属する世代で、ペアマイク持参で生録に挑戦した世代。国内盤LPが高価だったので輸入盤を買っていた、そういう中高生時代を過ごした。

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